いつだって私たちの時代は

いつだって私たちの時代は

ラベルは


右手のないピアニストのためにピアノ協奏曲を作曲したという

ならば私は両手のないピアニストのための曲をつくろう


腕のない演奏家の演奏会が始まった

耳のない聴衆が静かに聞き入っている

腕のないピアニストは最後の和音を弾き終わり鍵盤からそっと指を離すと

足のない男たちが一斉に立ち上り

腕のない女たちは座ったまま拍手を送る

目玉のない瞳の奥で何かが光っている

涙はどこからやってくるのかその透明な液体は

どこかに神秘の湖があって

満々と水をたたえたその湖のひとしずくが

涙となって到来するとでもいうのか

口のない少女がそっと嗚咽を洩らす

すっと涙がひとすじ

初潮を迎える前の少女の頬を伝った


「まだ間に合いますか?」

隣で見知らぬ男が私の目を覗き込んで訊ねる

『間に合う……って何に?』

「まだ間に合いますか?」

私の疑問をさえぎるように男はもう一度繰り返した

『間に合うでしょう……たぶん』

そう答えると男は小さく頷いて扉の向こうに消えた


遠くでレコードが鳴っている

何度も何度も同じ音を反復している

「いつだって私たちの時代は」

舌打ちをするように私は言った

羽根の折れた扇風機が回っている

追いかけても逃げるそれでも追いかけるアキレスと亀のように

ふっと気がついた

彼女は逃げているのではなく

私も追いかけているわけでもない

ただふたりともぐるぐると同じところをずっと回り続けているだけなのだ

いつまでも交わることがなく


両手のないピアニストが颯爽とタキシードを翻し幕の向こうに帰っていく

聴衆の拍手は鳴りやむ気配をみせない

拍手に混ざってどこか遥かにとおくで音が響いている

――遠雷

微かに瞬くその閃光は


目のない少女の瞳の奥にも届いているだろうか


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